ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

ゆとり世代のミニマリスト。ミニマリストネタを基本につぶやく雑記ブログです。

他人の意見を全部聞こうとしなくてもいいし、そんなの無理だから

 

f:id:fukai19930806347:20171121132858p:plain

 

ネットや現実でいろんな人と繋がっていると自分に対して意見して来る人は必ず現れる。

 

まぁ人はそれぞれ考えていることも違うし、自分と同じ考えばかりでもないと思う。

 

 

自分と波長が合わに人間と関わっていると消耗してしまうことが多いし、解決することなんてそんなにないわけなんだから「こいつ無理だな」って思ったらどんどん切っていいと思う。

 

 

インターネットは自分が一生かけても関わることができない人の数を素早くつなげる優秀なツールなんだけど、自分に無理のないように有効活用していきたい。

 

 

そのためにも他人の意見を全部聞かないということがとても大事だと思っている。

 

 

批判を受け止めるということも大事なのだけど、その言っている人も100%正しいことを言っているとは限らないし、100%正しいことなんてないわけなんだから、そんなに他人の言っていることを真に受ける必要はないと思う。

 

 

一部の共感できる人間とだけ濃密に過ごしとけばいい

f:id:fukai19930806347:20171121132112j:plain

 

多くの人と無限に繋がれる可能性を持ったインターネットに登場によって、多くの人と浅く広く付き合うことが容易になったのは、閉鎖的な空間が苦手な人からしたら非常にありがたい話だと思う。

 

 

その多くの出会いから自分と気が合う人と一緒に濃密な時間を過ごせば人生結構満足行くのではないかと思う。

 

 

インターネットは多くの選択肢を与えてくれる。

 

僕なんてインターネットによって生きることが結構楽になった人間だ。

 

 

いざとなったらネットの人が多い東京に行けば楽しく生きていけると思っているし、田舎で苦しい思いをしている人はネットを知ることによって、今いる場所がすべてじゃないことを知ることができる。

 

 

そういうゆるい知識でもネットの存在が人間のセーフティーネットになっている人だっている。

 

 

現実でネットがなければ合わない人とずっと一緒にいるハメになってしまうし、状況状況で自分に合った人を探すことができるネットは強力だ。

 

 

逆に多くの人と関わるからこそ、自分に合わない人間が絡んでくることも現実の日じゃないくらいに多い。

 

 

僕なんて特にブログを書いて文章を世の中に出すのを趣味としている人間なので、結構自分の考えと違う人間が出てきたりする。

 

 

まぁそういう人が出てきたら「へ〜そんな考え方あるんだな。」って考えるぐらいがちょうどいいのではないだろうか??

 

 

変に反論して自分の意見に染め上げようとしたり、向こうの話を聞きすぎて面倒くさいことになるぐらいなら、シャットダウンすればいい。

 

 

そういう意味で「人それぞれだよね」って万能な言葉なんじゃないかと思う。

 

 

 

自分と違いすぎる人と近い距離で過ごしているとストレスを感じてしまうし(家族とか会社の人とかまさにそう)、これこそ時間がもったいないと思ってしまう。

 

 

自分に都合が悪いから全部切ってしまうのは単純で貧しいことだと思う。

 

ゆるくつながるというのが楽に生きていくための秘訣なんじゃないかって思う。

 

 

みんなと仲良くしないといけない観念を捨てる

「仲違い」の画像検索結果

 

僕自身みんなと仲良くすることなんて不可能だし、仲良くしようとすること自体面倒くさいし、ストレスが溜まってしまう。

 

 

だからそこそこまで深く付き合う友達とか居ないんだけど、浅く広く繋がれているのでそんなに孤独感を感じることはない。

 

 

逆にみんなと仲良くしようとすると、結局自分より他人を優先してしまう生き方になってしまうし、他人が自分の期待に答えられないときに相手を許せなくなってしまったりして逆効果になってしまうことが多い。

 

 

別に嫌いなやつは嫌いでいいと思う。

 

 

好き嫌いをはっきりしたほうが生きやすいこともあるし、無理するぐらいなら何もしないほうが相手からしても気が楽だ。

 

 

かと言って全部嫌いをぶつけてぶった切る必要なんてない。

 

それは明らかに余計なことだと思う。

 

嫌ならとにかく放置するのが一番いい。

 

何か話してきたときは適当に相槌を売っとけば「こいつに言っても無駄だな」って思って勝手に離れていくもんだ。

 

 

結局みんなと仲良くしないといけない強迫概念が、人の言っていることをすべて聞いてしまって自分が何をしていいかわからずに爆発するという循環を作ってしまう。

 

 

もうみんなにいい顔するのは諦めろ。絶対に無理なんだから。

 

 

どうせいい顔したって「あいつの裏の顔は・・・」って言ってくるやつが出てくる。

 

 

どうあがいても自分のことを嫌う人は一定数いる。

 

 

もちろん最低限のマナーみたいなものはあるけど(あいさつする。人を理不尽に傷つけない)それさえしていれば十分だと思う。

 

それより閉じこもりすぎずに程よい人とつながって、楽しく生きていくことのほうが100倍大事だ。

 

出来ないことを考えたり、したりするのは無駄

「無理」の画像検索結果

 

ここで言う出来ないこととは、どうしようもないことだ(人間の命に有限があること、少子化対策の不公平さの解消とか)

 

人の意見をすべて聞くなんて端から無理なのに、無理にしようとしている人が結構多い。

 

人に嫌われたくないという気持ちは分かるけど、その気持ちが強い人が嫌われる場合だってあるわけだし。

 

人それぞれ違うんだし、そんな事を考える時点で無駄なことだと思う。

 

 

ここでいう「みんな」が世間一般的常識を持った人っていう捉え方をしている人もいる。でもそもそも一般の常識ってなんだ?

 

 

世の中は少しずつだけど日々進化してきていろんな価値を持った人がどんどん出てきている中で一般的な常識がどのようなものなのか僕にはわからない。

 

 

別に何が正しくて何が間違っているということは犯罪でもない限りないと思っているし、今現在犯罪を起こさずに生きている人はみんな正しい人だと思っている。

 

 

「人はこうあるべき」みたいなハードルが無意識のうちにどんどん高くなっているけど、そのハードルだって昔の価値観をそのまま引用したものだと思うし、結局言っている側が自分の都合の良い用に解釈しているだけだ。

 

 

「人はこうであるべき」というか「自分にとって都合よくいろ」っていう一種の脅迫だと思う。

 

 

そんなことを言っている人の言葉は無視するのが一番だ。

 

そういう自分の都合のために他人を利用しようとすることばっかり考えている人と仲良くする必要はない。

 

 

出来ないことは「出来ない」って諦めてしまったほうがいいことってたくさんある。ここでいう他人の意見をすべて聞くというのは出来ないことだ。

 

 

出来ないことをしたって出来ないんだし、コストパフォーマンスは最悪だ。自分にできることをやっていたほうが自信になることが多い。

 

 

さいご・・・

 

出来ないことはしないと考えるのは、僕が最上思考が強い人間で、好きなことを極めたいという部分が強くて、出来ないことをするぐらいなら自分ができることをしたいという思いがある。

 

もちろん、世の中にはちょっと頑張ればできることがあるけど、今回話したことはどんなに頑張って出来ないことと分かっていることだ。

 

 

人間自体が個性を強く持っている生き物なので、みんな一緒とかそういうことが不可能に決まっている。

 

 

それをみんな一緒にとか仲良くとかやっているから、変にこじれて生きづらくなる人が出てくるのは当然だと思う。

 

そうならないためにも出来ないことは諦めて、できることに集中する生き方の推奨をこのブログを通して引き続き行っていきたいと思います。