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働くことが人間の義務ではなくて、自分の幸せは自分で決める柔軟さが大事

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どうもたんたん(@tantan4423)です。

 

「人間は働いてなんぼ。仕事をして社会に貢献して、経済をどんどん回していこう」みたいな価値観が広く浸透しているのですけど、本当にそうなのかな?って思うことが結構ある。

 

中には働くことが苦手でどう頑張ってもなかなか上手くいかないって言う人は結構多いと思う。

 

そういう人は生きている資格はないのだろうか??

 

僕自身は働いている身なのだけど、できれば労働は最低限度にして好きな時間に起きて好きな読書やインターネットをしていたい。

 

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僕がこの欲望に素直になったのはphaさんの著書に巡り合ったからだと思う。

 

 

つい先日も、YouTubeにアップされている『ニートの世界』をみて非常に共感できる部分が多かったのでみんなに共有したいと思っている。

 

 

 

 

 

 

人の幸せは人それぞれ違うから自分で決めることが大事

 

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phaさんは結構メディアに顔を出していて、頑張らなくていい生き方について発信しているのだけど、多くの人は「こんなことをしていいと思っているのか!!」と思っていると思うけど、僕はいいと思う。

 

 

自分の幸せを追求した結果働かない選択をしているのなら、それでいいと思うし自分の欲望に素直になっているphaさんのほうが人間らしいなと思う。

 

 

この動画の中で風間俊介さんが言っていた『幸せの自給自足』という言葉が非常に印象に残った。

 

 

自分が何をしたときに幸せに感じるとか、どういう生き方がしたいかなんて人それぞれ違って、既存のルールや生き方をしていれば必ず幸せになれる保証なんてないんだから、自分で考えて行動して初めて幸せを手に入れられるんだなって思った。

 

 

自分がしたくない労働を世間の価値である「働いて社会に貢献するのが当たり前」という考えに当てはめてしてしまうと、その人は不幸になってしまうと思う

 

 

実際に過労によって自殺してしまう人は、幸せではないから自殺しているのに、未だに労働神話が根強く支持されている。

 

 

「人間はこうであるべき」みたいなものを追いかけるのは必ずしも幸せに直結しないということは分かってきているのではないだろうかと思う。

 

 

別に既存の価値観がその人にあっていればその生き方をすればいいと思っているのだけど、それが合わない人は無理に合わせる必要はないと思っている。

 

 

というのも、今の世の中はけっこう多様性に寛容になりつつあり、少し外れた生き方(シングルマザーなど)をしていても周りも「そういう生き方もあるんだなぁ」っていう感じになっている。

 

 

別にどんな生き方を選択したところで、人間餓死するわけじゃないし、ある程度カスタマイズしていくことがもっと当たり前な世界になれば、生きづらさを感じる人はすくなると思う。

 

 

結局大事なのは自分の人生を自分で納得して生きていくことだと思う。

 

 

そういう生き方をphaさんは提唱しているし、実際にそうしていて非常に生き生きしていて正直うらやましいと感じた。

 

 

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犯罪じゃなければ別にどう生きようが自由だ。

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なんか「人間はこうであるべきだ」論にみんな振り回されているかもしれないけど、実際は犯罪さえ起こさなければ何をしてもいいような世界はすでに出来上がっているのではないかと思う。

 

 

今の基本となっている、結婚して子供を作ってマイホームを購入すると言った生き方は数ある生き方の一つに過ぎないし、無理にみんながやっているからといって合わせる必要もない。

 

 

こういう既存の主流の生き方を押し付けている部分もあるから生きづらいと感じる人が多くなってきている事実もある。

 

 

そもそも他人が何をしようが自分の人生にたいした影響があるので、放置しとけばいいと思っているけど、何かと自分の正義を押し付けたいと思っている人が一定数いる。

 

 

そんな人が言っていることは無視して自分がいいように生きていけばいいと思っている。

 

自分の人生は人の満足のためにあるわけじゃないし、他人の行動に左右されてしまう人生は全然安定していないように思える。

 

 

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人に迷惑をかけない生き方は非常に良いと思っているけど、自分を犠牲にしてまで他人に貢献したいという思いは薄い。

 

 

そもそも貢献される側も、余裕のない人間に貢献されたところで見返りを要求されたり「あのとき俺はこうしたからお前もこうしろ」みたいな感じになってしまったら正直ウザイ思う。

 

 

他人への貢献は自分自身に余裕がある人間がするべきことだと思う。

 

 

自分に余裕がある人間が暇つぶし程度にゆるく手伝いをしたり、自分らしく生きることが結果的に他人に勇気を与えたりすることもある。

 

 

なんか今は無理をしてでも他人の喜ぶことをしろみたいなことが横行していて、余裕のない人間が無理していいことをしようとしているので、お互いが縛り合って変な感じの関係になっていることはあると思う。

 

 

  

世間のイメージや常識に囚われすぎて消耗するぐらいなら取っ払ってしまっていい。

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世間のイメージや常識に囚われすぎても幸せになれないと僕が言っちゃうわけとして、は、既存の価値を守るために消耗してしまうのは違うと思うからである。

 

 

僕の周りの人間とか見てみると非常に視野が狭いと感じることが多い。

 

 

世の中というものを自分の会社と家族の範囲でしか見れていなかったり、単なるローカルルールみたいなのを世の中はみんなこうしていると考えてしまっている部分はある。

 

 

でもよくよく考えてみれば、世の中の風習とか「こうであるべき」を守らなかったからといって逮捕されるわけじゃない。

 

 

そうじゃない事実だけで「人間はこうあるべき」とかってあまりないのではないかと思う。

 

 

別に働かずに家でゴロゴロしているだけで刑務所に行く必要もない。

 

 

働かない自由だって保障されているわけなんだし、無理に働きたくない人は働く必要がないのかなって思ったりもする。

 

 

phaさんみたいな生き方をしている人に対して、「働いて社会を回せよ」みたいなことを言う人がいるかもしれないけど、逆に自分らしく生きているphaさんへの嫉妬なのかなって考えている。

 

 

本当は働かずに1日中ダラダラしたいという人は結構いるもんだと思うし、現実はそうはいかずに消耗している人からすると働かずに生きている、phaさんみたいな人をみると自分を否定されているような気持ちになるかもしれない。

 

 

でもこういう生活をするためにいろんなものを捨ててきたと思うし、必要なものを順番に拾い集めて基盤を作っていくことができたので現在の幸せにつながっていると思う。

 

 

自分の理想の生活を実現するには思い切りの良さとか、豊富な知識とかゆるく繋がれるコミュニティーなどをコツコツ積み上げてた上で現在があると思うので、何も考えずに「みんながそうしているから」とかで動いて後悔したくないと感じた。

 

 

結局大事なのは嫌なことで消耗する時間をいかに減らしていけるかだと思っているので、不毛な我慢比べはもうやめにして我が道を進んでいくべきだと思う。

 

 

 

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さいごに・・・

 

 

僕はphaさんの生き方を非常に尊敬していて、あまり働かずにネットや読書をして生きていきたいという思いも強いし、田舎での生活は閉塞感を覚えてしまっている部分もあって脱却したいという思いを持っている。

 

 

自分にないものをもって羨ましいと思う反面、自分の行動次第で幸せな未来を作ることができる事実があるのは嬉しい。

 

 

phaさんの著書を見るたびに自分の心の荷が軽くなっていく部分があって、「自分はこんなんはいいんだ」って思うことができる。

 

 

興味がある方はぜひ読んでほしいです。