ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

ゆとり世代のミニマリスト。ミニマリストネタを基本につぶやく雑記ブログです。

人生は死ぬまでの暇つぶし。だからこそ自分の本能に逆らってはいけない

 

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どうもたんたん(@tantan4423)です。

 

皆さんは自分の人生についてどのように考えていますか??

 

いきなりこんな深い問いかけをして申し訳ないですけど、自分の人生について定期的に考えるということはとても大事なことではないでしょうか??

 

このブログも基本的に『生き方』について焦点を当てており、自分の人生の価値観について皆様と共有してなるべく楽しく生きていくための手助けになればいいと思います。

 

僕にとっての人生とは死ぬまでの暇つぶしであって、その暇をいかに充実して過ごせるかということを考えています。

 

充実した人生を過ごすにあたって自分の意志に逆らう機会を減らすことが大事なのではないでしょうか??

 

自分の気持ちと社会どっちを大事にするか問題

 

人は歳を重ねるとともに周りの空気を読んで、社会全体の幸福を考えて行動する生き物になる。

 

それは多くの人がいるこの社会で生きていく上では必要なことかもしれないですけど、この国は他人をよいしょする事に気を取られて自分の気持ちや本能を無視するような人が多いと思う。

 

僕自身もその一人なのかもしれないけど、過剰な奉仕の意識は疲れてしまうし、自分が何をしたいのかよく分からなくなることがある。

 

この社会はエスカレーター式に自分の人生を他人によって決められている感じがあって、それに乗れなかった人に対して非常に厳しい社会だ。

 

他人をヨイショするくせに自分たちと違う価値観を持った人に対しては徹底的に排除を行う。

 

それは比較的に当たり前なことなのかもしれないけど、人間は以上に脳が発達した生き物であるのだから、自分と違う生き物に対して受け入れる力を持っている種族だと思っている。

 

ある程度の社会性を持った上で自分と違った人間に対して排除をしようとしないって頑張れば出来ることだし、そうなっていかなければ不毛な争いだって増えていく。

 

多様性を受け入れられる人間だけが幸せな人生を手に入れられると信じている僕は、自分を大事にする事ができる人は他人を受け入れることが出来ると思っている。

 

競争にさらされて育ってきた僕達からすると難しいことかもしれないけど、自分で自分の事を好きになれるような生き方をしていきたい。

 

他人の言動に依存するのではなくて、自分で自分を評価できる人になりたい

 

別に僕は人間的に優れているとは全く思わない。

 

どちらかと言うと結構不器用で仕事もそこまで出来る人じゃないし、お金もたくさんあるわけじゃない。

 

女の子にはそこそこモテたりしたけど、世間的に僕をみると理想の人間像とは程遠いと思う。

 

それぐらいは自分でも分かっているのだけど、僕は自分自身のことが大好きだ。

 

自分がそう思えるわけとしては、他人や世間からの評価で自分の事を嫌いにならないと言うことが大きい。

 

あくまで他人が決めていることだ。

 

自分のことろくに知らない他人に何を言われたとしても自分の事を嫌いにはならない。

ただ単にその人の価値観と合わなかっただけだ。

 

そういう人がいるのは当たり前だし、自分のことよく知らない人に決めつけられる事自体非常にバカバカしいと思ってすらいる。

 

そもそも自分のことを悪く言う人なんてほんの一握りだ。

すべての人に好かれようという考えはすぐ捨てた方がいい。

 

すべての人って言ってもいろんな考えの人がいるし、その人達の価値に合わせるようなことばっかしても時間の無駄だ。

 

それより自分の好きなことをして幸福感を高めていくのが最適解だ。

 

好きなことさえできていればそれでいい

 

僕が毎日ブログを書いているのは僕がブログが大好きだからだ。

 

ブログをしている時間はすごく幸せだし、自分の思ったことをなんでも吐き出すことができるので、楽しくて仕方ない。

 

読書も、仕事も、セックスも最近はブログのためにしているのではないか?と思ってしまうぐらい重症だ。

 

僕はブログをしている限り、幸福感をフローのように得続けることが出来るようなきがする。

 

「好きなことで生きていく」というフレーズが流行っていて感銘を受けた人がいるとは思うけど、そもそも好きなことして生きていくことなんて当たり前な話で、好きなことで生きていくことを否定しているこの社会がウンコなだけな気がする。

 

何か他人や社会のために好きなことを我慢して一生懸命奉仕することが美徳とされ続け、何のために生きているか分からなくなっては意味がない。

 

人生自体死ぬまでの暇つぶしであって基本何をしても良いはずなのに、それを制御しすぎておかしな方向に行っているような気がしてならない。

 

ある程度の節度はいるとは思うけど、今は過剰

 

何か幸せって他人によって与えられるモノだと思いこんでいる人が多くて、他人に依存しているのは馬鹿なんじゃないかと思う。

 

自分の幸せは自分で切り開くものだし、自分の幸せを他人に丸投げして相手が自分の気にそぐわない事をしたら責任を押し付ける。

 

それってなんかおかしくない??

 

自分の人生なんて自分でしかコントロール出来ないのにそれを他人に任せるって正気なのかなって思う。

 

それこそ人生に対しての責任感の欠如だ。

 

最近はその他人に自分の幸せを投げてしまう流れが過剰になって気持ち悪いとすら感じる。

 

さいごに・・・

 

自分の人生の幸福に責任を持っていれば、自分の望まないことは基本しない。

 

好きなことをして生きていくのが一番幸福感を高められることは分かりきっている。

 

まぁそうは言っても僕もそこまで好きなことばっかして生きているわけじゃないし、ある程度のバランスを保ちながら生きている。

 

大切なことは何事も極端にならないことだと思う。