ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

ゆとり世代のミニマリスト。ミニマリストネタを基本につぶやく雑記ブログです。

ジェネレーションギャップってただ単に年上が時代の流れに取り残させているだけなんじゃない?

 

f:id:fukai19930806347:20171026150040p:plain

会社員として働いていると、ジェネレーションギャップを感じることって多いですよね。

 

 

  • 若い人は年長者に対して「その考え古いよ」
  • 年長者は若い人に対して「これだからゆとりは〜」

 

みたいな事を言っている光景は多くみますね。

 

僕の場合は後者になる事が多いのですけど、実際にこのような場面に出くわした時は「へーそうなんですね〜」って適当に流して終わります。

 

生まれた時代も違うし持っている価値観も人それぞれ違うのだけど、時代はどんどん先に進んでいくので時代の流れに沿った考えをアップデートしなければならないと思う所ではあります。

 

それが上手い事いっていないからこそ社会が停滞してしまいます。

 

新しい価値観に対して否定から入るのではなく、その視点の世界を知るという事はものすごく大事な事なんだと僕は思っています。

 

今回はそういったことを記事にしてみたいと思っています。

 

老害と言われる人は昔の価値観に囚われている

 

 

まぁあまり『老害』と言葉でかかってしまうのは良くないのかもしれないですけど、考えが停滞していてはそうなってしまうのは仕方ない事だとは思っています。

 

僕も年を取ってくると僕より若い人と関わる機会が増えてきて自分の知らない価値観と触れ合う機会は多くなってくると思います。

 

そういう人に会った時に自分の持っている価値観を相手に押し付けるような事はせずにその人の話に耳を傾けれるような人になりたい。

 

今は新しい価値観を持っていてもいずれは古い価値観に成り下がってしまう。

 

そうなったときにいち早く察知してアップデートをしていけるような感度を持っておきたい。

 

その為には日頃からの情報収集はしていきたい。

 

まさしく今本を読んだりブログを読んだり書いたりをしていくと人一倍時代の流れを察知する事ができるのでこれからも続けていけたら良いなとは思う。

 

僕が今老害を嫌うように、自分自身が老害と言われないような、多くのことを受け入れる柔らかさを持っておきたい所ではある。

 

ジェネレーションギャップを感じてしまうという事は相手のことを受け入れきれてないという事と自分自身のアップデートが上手くいっていない証拠でもある。

 

時代が進むごとに新しい価値観が出てくるのは当然

 

 

時代が進むにつれて自分の価値観と世間の価値観や新しい価値観と合わなくなってしまう事は結構ある。

 

そのときにその現実を受け入れずに批判側に回ってしまうのは思考停止だし、非常にもったいないような気がする。

 

先ほど書いたように自分の価値観はどんどんアップデートするべきだと思っている僕は他人を批判したばかりの人間にはなりたくない思いがある。

 

新しい価値観が出てくるという事はその分社会が成熟するということでもあるので、こころよく受け入れる大事になってくると思う。

 

今現在新しい価値観を受け入れる事ができずに他人を批判してばかりの人は昔の価値観から抜け出す事ができずに、生きづらさを感じているのだと思う。

 

歳をとると考えが変わりにくいとは言われているのだけど、それは単に勘違いであり、今まで自分の考えをアップデートしてこなかっただけな話である。

 

アップデートをする癖を身につけていないと歳をとったときに騒ぐことしかできなくなる。

 

それじゃ人生面白くないし、変化をする事は新しい刺激にもなり人生をより豊かにする事だと思っている。

 

ここでまた田舎批判になるのだけど、現実での人間関係に依存しすぎるとやっぱり昔ならではの効率の悪い方法から脱却が難しいような気がする。

 

考え方をアップデートするのは結構面倒くさいし気力や体力を消耗することにもなってしまうのだけど、時代がものすごい勢いで変化している以上仕方ない事だと思う。

 

別にアップデートをしなくてもそれなりに生きていく事は出来るのかもしれないけど、それだと社会と自分との価値観がズレていき思う通りに生きる事ができなくなってしまう事がある。

 

その時代の主流になるような考えは変わる事は当たり前だということを頭に入れて情報への感度を高めていく事が大事ではある。

 

新しい価値観を否定してしまうと停滞してしまう

「社会人としてよくないね!社会人としてよくないね!」[モデル:茜さや]のフリー写真素材を拡大

僕が新しい価値観をアップデートをして欲しいと言うことを何回も言っているのは、昔の考えに囚われすぎていると人生が停滞してしまうと思っているからだ。

 

1度きりの人生において楽しいことなんて山のようにあるのに、今のまま泊まってしまうことは非常に勿体無いと思っている。

 

僕だって、ブログや読書が好きになる前はソシャゲやカードゲームにハマっていたのだけど、ずっとやっていると仲間も減ってきたし消費ばっかする趣味の虚しさを覚えてしまった。

 

そのころから自己発信したいという思いが強くなってきた。

 

僕は元から知識への欲求が高くて、ツイッターでもリア垢で政治についてや生き方についてつぶやきまくっていた。

 

「コイツ変になった」といって相手にもしてもらえなかったし、自分の欲求を満たすことができなかった。しかし、ブログと読書のセットを趣味としてゲットしたおかげで昔に比べたら自己満足することが増えてきた。

 

これは上手いこと自分の価値観をアップデートできた1例なのだけど、同じことばっかして人生を終わってしまうのはなんかもったいなような気がしている。

 

そしてブログを始めてから、ブログや読書を自分の好きなことと掛け合わせるとさらに力を発揮するという事に気づいたのでまた新しく自分がやってみたいことが出てきた時にスムーズに移行できそうだ。

 

ブログを書いていればけっこう世の中の流れに敏感になって価値観のアップデートも以前に比べてスムーズに行われるようになったようなきがする。

 

しかし、僕が多くの情報や考えに触れずに人の価値観を否定してばっかいたら確実に老害に成り下がっていたと思う。

 

実際に田舎に住んでいろんな人と関わっていく中で殆どの社会人は老害or老害予備軍のような気がする。

 

価値観が停滞して新しい価値観を否定し始めたら、そこで老害になる準備は整うっていう話だ。

 

老害になりたくないと言って将来老害になってしまう現象は、単に新しい価値観へのアップデートや情報が足りないということ他ならない。

 

いろんな価値観を受け入れる柔軟性が求められる

 

絶対的に正しい価値観がない以上、他の価値観を受け入れて仲良く生きていくことが大事なのかもしれない。

 

と言っても僕だって昔の人の価値観がなかなか理解出来ない部分もあるけど、出来るだけ否定したり自分の価値観を押し付けないようにはしている。

 

やっぱり時代の先を生きていくのは若者ではあるだろうし、常識という自分が大事にしているモノにくくりつけること無く優しく見守って自分が参考になる部分はどんどん取り入れていく姿勢を持っていきたい。

 

ジェネレーションギャップというか、そもそも人自体みんな同じ考えのわけないし、違うのが人間の良さだと思うので違いに対してアレルギー反応を示すのではなくいつでもウェルカム状態でいていきたい。