ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

ゆとり世代のミニマリスト。ミニマリストネタを基本につぶやく雑記ブログです。

自殺をするなら健康寿命が過ぎてからにするべし!あとは生き抜くモードに切り替えろ

どうもたんたん(@tantan4423)です。

 

今回は自殺に関しての個人的に考えている事を文書にして伝えられたらいいなと思っています。

 

いきなりなんですけど、日本における自殺率(10万人の死亡率の内訳)は16.8人です。

 

この数字を言ってもよく分からないですけど、日本における死亡原因としては8番目に多いということになります(1位はは癌)

 

この数字は世界的にみても多い方で世界保健機関(WHO)の統計によると世界で18番目に多いということなりました。

 

その中でも若者の自殺は世界的に3番目に多い死因になっています。

 

時代は進んでテクノロジーの発達によって非常に便利になったこの国においてなんで自殺をする人がここまで多いのだろうか??

 

普通に考えて疑問ですよね・・・

僕はこの国を取り巻いている雰囲気や、風潮みたいなものが人に多大なストレスを与えて死に追いやっているのではないかと思います。

 

普通に便利な時代になったら幸せになる人が増えるはずなのに、逆に辛くなる人が増えているって何のための経済成長か意味が分からなくなってしまいますよね。

 

自分を好きになれない人が自殺する

「単身赴任で満員電車に揺られて通勤するお父さん単身赴任で満員電車に揺られて通勤するお父さん」[モデル:よたか]のフリー写真素材を拡大

 

自分の事が好きな人間は自殺はしません。

 

僕自身も1回も自殺なんて考えたことがないので、自殺をした人に対して「勿体無いなぁ」と感じてしまう。

 

その人にどのようなことがあったのか僕には想像もつきませんが、勿体無いという考えは変わりません。

 

死んでしまったらすべてが終わってしまう。何も残らずに無になってしまう。俺はそれは怖いことだと思う。

 

でも僕がこう考えるのは自分という人間を無条件に好きでいられるおかげであるからで、自分の事を好きになれない人はどんどん自分を追い込んでしまうんだろうなぁと思ってしまう。

 

自分のことを好きだということは自分という人間に価値があると感じることである。僕の場合は自分に価値が有ることなんて当然だと思っているし、別に僕が何も出来ないダメダメな人間でも自分のことを嫌いにはなっていないと思う。

 

しかしそうじゃない人は、自分で自分の価値を見つけて好きになることができなくなるので他者の評価から自分の価値を見出そうとする。

 

それが上手く行けばいいかもしれないけど、上手くいかないケースも存在してそうなってしまうと「自分はなんてダメなんだぁ」と自分を攻める気持ちに変わってしまう。

 

他人からの評価を得るためには結果が必要で、その結果に人生が左右されてしまう。他者主体に生きていくと自分が一体何者か分からなくなってしまうので、ところところ自分の心の奥底に「これでいいのか?」って聞いて欲しい。

 

 

その気持ちが更に歪んでしまって自殺という行動に結びつくという事だ。

 

その道を経つためには周りの人間が他人を認め肯定するという事が大事なんだけど、そういったところの教育が上手くいっていないように感じる。

 

僕の同い年ぐらいの人でも平気に人を馬鹿にしたり、心身ともに傷つけたりするやつがいるわけなんだし。

 

イジメだって、イジメをする人間が存在しているから起こるのだ。

他人を肯定するどころか否定していたらそりゃ改善されないよ。

 

みんながみんな自分のことを好きなわけじゃない。それって非常に理不尽なことだとは思うけどしょうがないことでもある。

 

だからといって一度きりの人生をそんな悲しい思いをしながら、他人の求めることだけをこなす人生なんて本当ウンコだと思う。

 

結局は本人次第みたいなところではあるので、自分で自分を好きになれるように持っていって欲しい。

 

真面目な性格が仇になる

「真面目に授業をうける女子高生と崩壊気味の男子高生真面目に授業をうける女子高生と崩壊気味の男子高生」[モデル:河村友歌 Max_Ezaki 大川竜弥]のフリー写真素材を拡大

 

自殺じゃないにしても、まじめな人は多くのことを抱えすぎて爆発してしまうことが多い。

 

時には適度にガス抜きをすることや一回投げてぶち壊すような事をすることが復帰への第一歩になるのだけど、真面目な性格がそれを許さず、状況は悪化するということが結構ある。

 

なんかそういうのって損な気がしていて、凄く生きづらそうだと感じる事がある。

 

僕みたいな人はそもそも面倒くさがりなので、結構最初の段階で投げたりして致命傷は逃れているけど、自分の中にある正義感が強かったりするとなかなか走破させないところはある。

 

逆に真面目である自分を正義として他人に押し付けてしまうぐらいだ。

 

www.tantandaisuki.com

 

社会に適応して生きていることは真面目にいろんなことに向き合うことが求められがちだけど、実はそうではなくていかに出来ないことや心が壊れそうな時にその出来事から避けるというスキルのほうが大事だったりする。

 

僕みたいな面倒くさがりでも、社会の中で生きていけるので、そんなに社会で生きることへのハードルは高くないと思っている。

 

まぁそれも人それぞれ感じ方は違うかもしれないけど、社会生活なんて舐め腐っているぐらいがちょうどいいと思う。

 

変に社会やそんなに仲良くもない他人に自分を評価してくれることを期待したところで簡単にそいつらは裏切ってくるし、他人の視点なんて人それぞれでブレブレだ。

 

そうなるのなら自分で自分の事を最大限に評価するほうが圧倒的に良い。

 

真面目なのは良いんだけど、真面目になりすぎて自分という人間の事が好きになれないのならそんなの捨ててしまったほうが良い。

 

www.tantandaisuki.com

 

もっと適当に生きて自分を最大限にかわいがってやろう。

 

僕個人的には健康寿命が過ぎたら自らの命を殺めていいと思っている。

「魔女の森に迷い込んでしまった女性魔女の森に迷い込んでしまった女性」[モデル:河村友歌]のフリー写真素材を拡大

 

少し自殺から離れてしまいましたけど、僕個人としては、健康寿命が尽きてしまったら安楽死が合法なら積極的に活用してサックリ死ねればいいと思っている。

www.tantandaisuki.com

 

健康寿命というのは健康状態で問題なく日常生活を送れる寿命ということだ。

 

簡単に言うと、寝たきりになってそのまま死ぬしか無いとか認知症で介護を余儀なくされる状態のことだ。

 

こうなってしまうと自分の力で何もすることができなくなってしまい自分主体の生活を充分に送れなくなる。

 

僕はこのような状態になった時はすぐ安楽死でサクッと死にたいという考えを持っている。まぁこの考え方は変わるかもしれないけど変わらないかもしれない。

 

この考えに至るようになったのは仕事でこういった方を相手に介護をしているからだ。別にそういう人を否定しているわけじゃなくて、僕みたいな自分大好き人間がごはんやトイレやお風呂に入ることを自分で出来なくなったら流石に心折れると思っている。

 

こうなって残りの何十年間を生きていくなんて苦痛すぎるし、大切な人を困らせてしまうことになって嫌だ。

 

実際に今もこのような立場にいる人で苦しんでいる人はものすごく多いようなきがする。生きていればいいみたいなのが通用しなくなるのが健康寿命が尽きてしまうときなのではないかと僕は踏んでいる。

 

なので僕は死ぬまで多少なりとも働いて、自立した生活を少しでも送れるようにゆるいコミュニティーや金の掛からない趣味みたいなのを作っているみたいなこともある。

 

とりあえず出来るだけ健康に生きていきたい。そのためにもストレスの少ない自分らしい生活を作っていきたい。

 

まず生きる選択をしてからいろいろ考えて欲しい

 「生きる選択 こち亀」の画像検索結果

 

このこち亀に書いてあることは「それなぁ」ってなりました。

 

せっかく1回きりの人生を生きているのならいろんなことをしたいし、嫌なことに負けて死んでしまいたくないという思いがあります。

 

もちろん確実に暗い未来(介護される)ことが分かりきっているのならさくっと死んでしまうのがベストなんだけど、世の中には今までであったこと無い面白いことにあふれている。

 

それを多く経験して楽しい気持ちになりたいと思っています。

 

若者っていう時間が多いときに暗い気持ちになるのではなくて全てをぶち壊しても良いのええ自分の理想を追求する人生が面白いのではないかと思う。

 

と言っても今のこの国の雰囲気はそういうのを許さない感じになっていくけど、そう考えている上の世代は死んだり、退職したりしてどんどんいなくなっていく。

 

そうやって徐々に世の中も変わってくるので落ち込まないで欲しい。大人って自由で面白い。それをもっと意識して生きていれば死ぬという選択をしなくて済むと思う。

 

他人のことよりまずは自分のことを考えて余裕がある時に他人に貢献すればいい。

人生そんな適当な感じに生きていても面白いからもう少し肩の力を抜いて楽いなって欲しい。