ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

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親が死んだら生きていけないみたいな人間になりたくない

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※個人的な意見です。

 

僕は高校生のときに母親を亡くしているのだけど、特にこれと言ったことなく24歳まで生きてきている。

 

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僕の場合は変な人という事もあって簡単に母親の死を受け入れる事ができ、そんなに引きずる事なく生きていっている。

 

でもこういう話を他の人にするとだいたい信じられないような感じになってしまう。

 

確かに僕の周りの人は傷付いていたとは思う。大切な人が亡くなってしまってそれをなかなか受け入れる事ができないのは当然ある。

 

でも僕の場合は何故か死という事に対して割り切っている部分が昔からあって、死ぬことは当然な事で、ただそれが早いか遅いかの話だ。

 

タイトルに書いてあるみたいに誰かが死んでいなくなっただけで、生きる希望が無くなるみたいな生き方はしたくないと強く思っている。

 

それはつまり他人に依存しすぎない関係を構築していきたいということだ。

 

多分今はそう言うことを考えていても近い将来覆って家族に依存するような生活になる可能性がある。

 

でも狭い空間で依存し合う関係って息苦しい。生まれてくる子供に対しても、僕たちが死んだところで生きがいを見失うような子になって欲しくないという思いがある。

 

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最近ある友達親子というのは共依存が行き過ぎているパターンなのかもしれない。この時に片方が死んでしまったらもう崩れてしまう。

 

そうなってしまうならいくら家族でも程よい距離感で関わってあとは外部(友達)とかに投げてしまえばいいと思う。

 

こないだ見ていたテレビで結婚した夫婦の家に姑がいきなり家に押しかけてくるという悩みに対して、「家族なんだからいいんじゃない?」とか「注意すると相手が来なくなる」みたいな意見を多くあった。

 

なんか家族って仲良くしなくちゃいけないみたいなのが強すぎて、ズカズカと自分の領域に入ってくる親が多すぎるのはどうかなと思う。

 

共依存をしている子どもは自立がなかなか出来ない。

 

自分でノウハウや知識の蓄積を放棄して家族に頼るという自分の頭で考えない思考停止の子どもが出来上がる。

 

 

それは結果的にみれば子どもが不幸になるということでもある。自分の人生を自分の頭で考えず他人に投げちゃうのは人生としてどうなのかなと考える。

 

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話が大きく逸れたけど、そういう共依存している関係を作ってしまうと、親が死んだ時にもぬけの殻になってしまい、何も出来ない子どもが残ってしまう。

 

本当はそうならないように何処かのタイミングで外に放り投げる必要があるのだけど、それをせずにお互いが自立できない。

 

自立は子どもだけでなく親もしなくちゃいけない。

 

僕はそう言った思考停止になりたくないから、子どもが18歳超えたらとりあえず放り投げるつもりだ。

 

子どもは逆に親を捨てるべきだ。一回心の中で親を殺して、自分の頭で考えて幸せを掴みに行かないといけない。

 

そもそも親とは育った環境が違うし、価値観の違いもあるので言うことを全て間に受けていても親の劣化版が出来上がるだけだ。

 

 

それでも親から受けたある一種の洗脳を解くのは至難の技である。まあ、実際には友達やネットとかでいろんな意見に触れることで自然に親離れができる。

 

個人的には友達親子と言うものは単に親が子どもを自分の言うことを聞きやすいように洗脳した事が原因であり、その結果洗脳が解けずに自立できなくなるという事が発生してくる。

 

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そのような状態では家族以外の関係を作る事が困難になって、自分と同じ考えを持った人以外を排除する感じになってくる。

 

ハッキリ言ってクソだと思う。

子どもは親の人生を生きているわけじゃないし、あくまで他人だ。

 

親が嫌いな子どもがいてもいいし、親のことを嫌いになった方が案外いい場合だってある。

 

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僕は親が嫌いとかそんな事はないけど、好きでもない。親の介護に関しても放棄すると思う(一応延命治療の件や相続しない件も伝える)

 

あくまで親も他人だと思ってるし特別なつながりもないと思っている。

 

それを寂しいみたいなこと言う人がいるけど、子どもは親から巣立っていくものだから別に不自然なことは無いと思う。

 

まあそれは僕が子どもとしての意見だけど親の立場になるとどう思うかはわからない。でも親にベッタリな子にはなってほしくないとは感じます。

 

多くの友達とかの交流を通していろんな世界を感じて欲しいと思う。

 

僕が死んでも動揺せずに自分の好きなことに没頭出来るならなお最高だという、親としてあるまじき発言をしたところで終わります、