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価値観合わない人に対して寄り添うべきなのか考えてみる

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価値観はその人の生まれ育った環境や遺伝と出会った人間によって形成されるものだと思うのだけど、人それぞれの価値観は基本的に違う。

 

といっても人間が共同的に生きていく上では相手の価値観を受け入れる必要があると思っている。

 

しかし、それをどれぐらいするのかとか自分の価値観を大事にしつつ相手に寄り添っていくかということは非常に難しいことだと思う。

 

それは人は自分が持っている価値観が絶対だと思っている部分があって、自分の価値観を主張することによって自分の居場所を作るところがある。

 

その価値観が共感できるものならいいのかもしれないけど、必ずしもそういう訳ではないこともある。そうなると大体人はぶつかってしまう。

 

今回はそういった自分とは価値観が合わない人に対して寄り添っていくべきか突き放していくべきかについて考えていきたいと思う。

 

 

 

価値観の合わない人にわざわざ寄り添う必要はない

手をつなぐカップル・夫婦のイラスト 

いきなり結論を書いてしまいましたが、僕の経験上価値観が合わない人に関して寄り添おうとしても基本的に相手への理解には繋がらず、不快感を覚えることが多い。

 

結構多くの人は、誰とでも仲良く相手を不快にしないみたいなことを心掛けているけど、自分がどう振る舞っていようとも気にくわない人は絶対いる。

 

そういう人には何しても無駄だから放置するか距離を置いた方がいい。この考えは結構僕の中で固まっていて、ストレスが大きい人間関係は基本断捨離した方がいい。

 

人間なんて世の中にたくさんいるわけなんだしわざわざ嫌いな人に関わりにいくなんてドMじゃないわけなんだし、考えればわかるでしょ?

 

嫌いな人より自分の事を好きな人のほうが多いので安心してください。

自分ことを嫌いな人より好きな人の方が圧倒的に多いから安心しなよという話 - ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

 

人の目を気にしすぎてそれが目的になっている人が多い

 

「人に迷惑かけたくない」と思うのはそうなんだけど、それに固執しすぎて新密度の高いコミュニティで引き算方式で生きているのはどうかと思う。

 

よくあるのが親が子に対して躾とか言っているあれだ。ある程度のモノならいいとは思うけど、子どもに対して他人の目ばかり気にするような教育は自己肯定感の低下やストレスを溜めやすい体質になるから程々にすべきだと思う。

 

時代に合わせて必要なモノって変わってきていると思って、これから先、家族や会社の力が落ちていくことが予想させる。そのなかで自分の悪いとこを削り、他人に合わせるような生き方をしている人は不幸になるだけだ。

 

他人に迷惑をかけないのは素晴らしいとは思うけど、そこに固執しすぎて目的化するのはあまりにもつまらない人生なのではないかと感じてしまう

 

そもそも他人に合わせる生き方を社会的に強要されててそれが出来ない人に対して厳しくなっているのが問題であって、自分と他人に厳しい人が多いなと感じる。そういう時は何も気にせずに逃げることが大事だと思う。

 

自分に厳しく他人にも厳しい人にぶち当たったときの一番の対処法は逃げること - ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

 

一度きりの人生を人に合わせていいのか?

 ホルター心電図・ホルター心電計のイラスト

自分と価値観が合う人をいかに見つけていくかが大事であって、価値観が合わない人に関わる事自体勿体無いような気がする。

 

だからと言って閉鎖された空間で一生を終えるのはつまらないし、新しい人との出会いも楽しみたいという思いがある。

 

そう言った意味でもネット上で気軽にマッチングできるツイッターやブログは非常に便利で楽しい。変な人が来るけどそれはブロックして目に入らなければいいわけだし。

 

どうせ死んだら何も残らないわけだし、自分の人生というゲームを最大限に楽しめるようにカスタマイズしていきたいと思う。

 

そのためには好きな人とだけ関わるようにしていきたい。まずは自己発信して仲間集めをしていきたいところである。

自己主張することを恐れるな。何も言わないのは死んだのも同然という話 - ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

 

もっと自己中心的に生きたっていい

金魚すくいをするぴょこのイラスト

基本的に人のことを自己中心的だと否定する人って、自分の価値観に相手が合わせること前提で話しているので、それ自体が自己中心的な行動と言ってもいいと思う。

 

「私はあなたの価値には合わせないけど、あなたは私の価値に合わせろよ」という意味でもあるのでそんなに思う受け止めなくてもいいようなきがする。

 

人間は自己中心的な生き物であるから面白いわけであって、その部分を取り除いてしまうとロボット同然につまらない人間が出来上がってしまう。

 

そもそも人を変えようとする人には人を変えることなんて出来ない。それは今まで生きていてみんな分かっているはずだ。一緒にいる人はたまたま価値観が合っているだけであって、自分の周りの世界が世界のすべてと思いこんでいるケースも多い。

 

家族や会社のまさにそうで、一歩外に出てみたらそれは単なるローカルルールであることが多い。そう思うだけでなんか気が楽になる。

 

世の中の常識というのも案外そういったもので、場所によって常識も変わってくるし、そういったものであるべきのような気もする。それは自分でどんどんアップデートして自分に合った居場所をみつけていくのがいいよな気がする。

 

実際に人にそんなに期待しないほうが楽に生きられることもあると思っています。

他人にそんなに期待しないくらいが幸せなんじゃないかと思う話 - ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

 

さいごに・・・

人との関わりは難しいとか言いますけど、それは単に自分と価値観の合わない人に合わせにいこうとしたりするからなのではないかと思う。

 

それならいっそ関わらないように達振る舞えばぜんぜん大丈夫だし、そういった人と関わること自体楽しくないし時間の無駄です。

 

というわけでこれにて終わりたいと思います。閲覧ありがとうござました。

 

この記事を書くにあたって参考にした図書

 
 

 

 

 

 

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

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