ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

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ゆとり世代のミニマリスト。ミニマリストネタを基本につぶやく雑記ブログです。

世の中は「どうでもいいこと」で溢れているから捨てたっていい

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どうもたんたんです。

今回は短めなオピニオン記事になります。

 

実際僕達が生きていく上で大切にされているマナーや礼儀とかってぶっちゃけどうでもいい。

 

何故どうでもいいかというとそのルールを守ったところで自分は幸せになることが出来いないと分かっているからだ。

 

人間は何も縛られていない状態で生まれ生きているうちにどんどん縛りにプレイを強いられてくる。

 

  • 弱音をはかずに頑張らないといけない
  • 一人はみんなのためにみんなはひとりのために
  • 全てに感謝すべき
  • 人に迷惑をかけてはいけない

自分一人で生きているわけじゃないから自然に自分よりも顔も名前も知らない人に貢献する生き方が求められてくる。

 

自分個人のことよりも他人のための生き方が当たり前の湯に求められる時代に吐き気がする。

 

ぶっちゃけそんな自分を犠牲にして大勢を喜ばすみたいな考えは捨ててもいいと思っている。僕がそう思える人って基本家族と友達しか無い。

 

この人達以外のために自分を犠牲にして何かをしてあげることは意味のないことだと思っている。何も残らない。

 

世の中には捨てていいものが圧倒的に多い。その中で自分が大切にしたいものを必要最低限拾っていけばいいのだ。僕にとって職場の人間関係とか社交辞令みたいなものは必要ない。

 

たいした思い入れのない人にどう思われたっていい。ただ好きな友達と嫁と家族がいてくれれば後のものはいらない。

 

多くの人は欲張りで「これもあれもしないといけない」と思って多くのモノを拾い集めてしまう事によって縛りが増えていく。

 

これからその縛りをどんどん捨てていく身軽で自分の好きなことだけにコミットする時代が来る。どうでもいいものを仕方なしに拾い集めるのはあまりにも効率が悪い。

 

人間衣食住と好きな人さえいれば幸せに生きていける。そこに余計なルールや人間関係は必要ない。実際僕は友達が少ない人だけど数人の友達と家族とネットだけで幸せに生きていける。

 

幸せの生活を脅かすのは必要ない人だったりルールである。これらを遮断すれば勝手に幸せになる。

 

幸せに生きることなんて簡単なのに年月がたつにつれて、そのハードルは知らないうちに上がってきたように感じる。

 

結婚しなくても、仕事しなくても、お金がなくても、マイホームがなくても、子どもがいなくてもその人次第で幸せに生きることは出来る。

 

しかし幸せがブランド化して手の届かない遠いものに感じてしまっっている人が多い。ぶっちゃけアホなんじゃないかって思ってしまう。自分がしたいことをして好きな人といる。それをしてどうでもいいことを捨てていけば勝手に達成される。

 

どうでもいいことがどうしても捨てられないときは適当に消化すればいい。

もっと自分主体に生きていってもいいのではないかと思ったのでこの記事を書きました。