ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

ゆとり世代のミニマリスト。ミニマリストネタを基本につぶやく雑記ブログです。

長生きしたことによって生まれる弊害について現役介護職員が考えていく

どうもたんたんです。

僕は現在介護職として一人では生活が出来ない高齢者のお手伝いをする仕事をしています。

こんな僕が言うのもあれなんですけど・・・

施設にはいって最期を迎えるくらいなら長生きしなくてもいい!!

以前にも認知症に関しても記事を書きましたけどそれに重複するかもしれません。

【介護】認知症になるぐらいなら死んだほうがマシだよ - ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

 

今の介護業界の状態がひどいということもあるのですけど、長生きした結果が自分で何もできなくなった挙句赤の他人に全部世話をしてもらうなんてあんまりです。

 

今回はそういった長生きすることによって生まれる弊害について考えていきたいと思います。

 

人のお世話になってくると自分の意志が尊重されにくくなる

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自分の体が動いて自分で判断できるうちは自分の思っていることを相手に伝えたり、自分でやりたいことが出来るのですけど、歳をとって体が動かなくなって認知が入ってくると自分の意志が尊重されない場面が生まれてくる。

 

もしあなたが同じような立場になったところでそれ以上長生きをしたいとは思いますか??そのときに家族がいれば「家族のために長生きする」という思いがあるのかもしれない。

 

それでも施設にはいってしまうとその家族が全く会いに来てくれなかったりして距離が出てきてしまうことはよくある。そうなってくるといよいよ生きている意味がなくなってくる。僕のいる施設の利用者さんだって家族に会えない寂しさに勝てずに「殺してくれ〜」って大声で叫ぶ人だっている。

 

そういった姿を見ていると長く生き過ぎるっていいことばっかりじゃないと思い知らされる。その歳まで元気に過ごせるのならいいけど、人の世話になって生きていくぐらいなら僕だって「殺してくれ〜」って思ってしまう。

 

こういうことを介護士である僕が寄り添って関わっていかなければならないけど、僕は赤の他人であってその人の家族ではないのでその穴を埋めることが出来ない。しかも僕のいるところは隔離病棟みたいな感じになっていて、その寂しさを更に加速させてしまう。

 

高齢化社会に突入するけどその流れに追いつけていないのが現状だ。

しかし僕のように介護を受けるぐらいなら死んだほうがマシだと思う人間はそんなに少なくないのでそういった人間のために選択肢を与えてほしいと思います。

 

老後の楽しみっていっても若いときよりも出来ることは少なくなる

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現役で仕事をしていると今現在の生活を我慢して「定年後の楽しみ」といって蓄えをする人が多いです。でも定年するということは働くことが出来なかったからするのであってその体力で若い頃にしたかった事ができるか疑問です。

 

将来どうなるのかも自己責任だけど後回しにしてもいいことはないと思っています。

自己責任って悪い意味で捉えられる事が多いかもしれないけど、逆に自由だと考えるのはどうかな?? - ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

 

しかも歳をとっていくといつ人の世話になるかわからないリスクが高まってきます。

しかも仕事をしなくなった途端に急激にガタが来てしまうので定年後も継続してできる軽い仕事や趣味は若いうちから持っておくことが大切です。ナリワイもその一つですね。

趣味は消費するだけじゃなくて何かを生み出す方向にシフトしていけばコスパ最強!! - ゆとり男とミニマリストの融合ライフ

 

 

年金問題とか言いますけど、死ぬまで働き続ける事ができればそんな問題を受けることがありません。そしてありがたいことに今ではスマホやパソコン1台で収入を生み出せる時代なので若いうちに副収入として死ぬまで稼ぎ続ける力を身に着けるのもありな気がします。

 

なので今を犠牲にして老後に備える必要なんて全く無いです。そんな生き方をしていたらすぐに体を壊して楽しいことしてしまう前に自分で何もできなくなってしまいます。

 無駄に長生きしても介護される日々が長くなってしまうと何のために長生きしているかわからなくなってしまいます。

 

もちろん健康であることは大切なんですけど、人の手によって必要以上に生かされるのは疑問に感じます。医療の発達によって近い将来平均寿命が100歳になるという話を聞きますけど、自分で生きる年数か医療や人の手によって生かされるかで大きく変わってきます。

 

人や医療によって生かされるなら「さっさと殺してくれ」と思います。自分らしく生きられない時間なんて意味がないに等しいと僕は考えます。

 

目的のない長生きは意味がない

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タイトルに書いているのは目的のない長生きに対する僕の意見です。

もちろん長生きして自分のしたいように生きていくのは僕の目標でもあります。しかし、自立が叶わなくなって施設や病院で最期を迎えることが決まっている中長生きするのって何で生きているのか分からなくなります。

 

介護職員として施設で生活する人にできるだけ楽しいことを提供するようには日々意識していますけど、そういった意識が欠如している職員だって多いです。昔ながらの「食わして、風呂入れて、排泄の世話をする」いった事ばっかりしていても、その人の生活に活気を与えることなんて到底出来ません。

 

僕の場合はそこは最低限度に抑えて利用者さんに楽しい時間を提供できるように意識している。施設って長生きさせようとしているところが多いですけど、施設にはいっている時点でその人に意味のない長生きをさせること自体がその人の尊厳を傷つけているような気がしてしまう。

 

長生きしてほしいなら病院に行けばいいと思う。その中で介護施設を選んでくれたなら医療的な行為よりその人に楽しいと思えるサービスを提供するのが介護職員としてすべきことなのではないかと思う。

 

目的のない長生きするなら、死んだほうがマシ。そう思うのは間違いなんですかね??

介護施設は利用者さんに楽しいことや生きる目的を与える方向に行かないと、僕みたいに「施設に入るくらいなら死んだほうがマシ」みたいな人が自殺したりしてくると思う。

 

さいごに・・・

最後は介護施設のあり方について書きましたけど、「死ぬまで働き続ける社会」のほうがなんか幸福度は高いようなきがする。

 

長生きしたところで何かを生み出すことが出来なければ徐々に生きている意味が分からなくなってくる。僕のいる施設でもすべてを諦めてしまった人は多い。

 

これから先は定年や老後という言葉は消えていけばいいと思う。リタイアすることってそのまま落ちていく。そうならないためには今の若いうちから収入源を増やしたりナリワイを作ったりすることが今以上に大切になる。

 

そのためには健康であることが第一になるし、体調崩して自分の力で何もできなくなったら人生終わりという気持ちを持って僕は生きている。無駄に長生きしてもその時間を幸せに過ごせないみたいなことはしたくない。

 

介護士として現場で働き、多くの利用者さんをみているとこんなこと言うのはあれだけど、「僕はこうなりたくないな」って無意識に思ってしまう。そうならないためにも安楽死の導入も大切だと思う。

 

もうだめなときはさくっと死んでしまいたい。そい思うのは変なことですか??